[ベトナム]聖と精霊が共に生きる国
文=目黒 聡
━━ 森と祈りのあいだに ━━
「この国では、すべてのものに魂が宿る」━━
そう案内人が言ったとき、私はあらためてベトナムという土地の“静けさ”に気づきました。
ホーチミンの喧噪から離れ、北部の丘陵地帯へ。
棚田のかなたに霧が立ちこめ、村ごとに香の煙がたなびく。
道ばたの祠には小さな果物と花が供えられ、
誰もいないのに線香が燃えている光景に、
この国の人々がいかに自然と“見えないもの”をともにしているかを感じました。
民間信仰というもうひとつの仏教
ベトナムは「仏教の国」として知られています。
けれども、実際の信仰風景はずっと複雑で、柔らかいものです。
廟には観音像と土地神が並び、道教の護符と仏教の経文が同じ壇上に置かれています。
ある老僧は言いました。
「われらの祈りは“神”と“祖先”と“自然”のあいだにある」
つまり、ここでは仏教も道教もアニミズムも、対立せず、混ざり合っているのです。
死者の魂を鎮め、山の霊に願い、祖先と語らう━━
それがこの国の“日常の祈り”です。
精霊を招く人々
ベトナム各地では、精霊と交信する「レン・ドン」と呼ばれる儀式が行われています。
色とりどりの衣をまとった霊媒が、太鼓と笛の音に合わせて舞い、
神や祖霊を自身に招く━━。
その姿は神聖でありながら、どこか哀しいほど美しいものでした。
この儀式の最中、精霊に選ばれた人だけが“声”を授かるといいます。
村の病や不幸の原因を告げ、解決への道を示す。
それを通して、人々は「目に見えない秩序」を保とうとしているのです。
こうした霊媒たちは、男性よりも女性が多いのが特徴です。
彼女たちは「母神の化身」とも呼ばれ、
土地と人と神々をつなぐ存在として、古来から尊ばれてきました。
静寂の中の“洞窟”
そんな民間信仰が今も息づく北部の山あいに、
「霊界へ行ける女」と噂される人物がいると聞きました。
名を——ナリ師。
生きたまま霊界トゥー・フーを訪れることができるという、稀有なシャーマンです。
彼女は三年ごとに洞窟へこもり、
赤い布で目を覆って半年間、誰とも会わずに修行をするのだとか。
取材の約束を取りつけたのは、その修行が終わる直前のことでした。
私は彼女の庵を訪ねるため、チャソン村へ向かうことにしたのです。
━━では、次回。
この“ナリ師”がどんな存在であり、どんな力を持つのか。
そこで目にした光景をお話ししましょう。
お楽しみに。
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2025年12月14日




