【2つに割れた那須の「殺生石」 憶測呼ぶ「九尾の狐」伝説】
2022/3/5 「九尾の狐」伝説で知られる栃木県那須町の「殺生石(せっしょうせき)」が真っ二つに割れ、さまざまな憶測が飛び交っている。美女に化けた九尾の狐が退治され石になったという伝説から約630年の歳月が経つ。
産経新聞より 抜粋

【堀大河の考察】
三年ほど前の記事なのだが、ここにきて再び再燃している。
と言うのも、「殺生石の付近で白い狐を見た」「白装束を着た女性見た」という地元住民や観光客の声が相次いでいるからだ。
当時、殺生石が割れたという報は一大ニュースとなり全国を賑わせた。
私の考えでは殺生石が割れるというこの現象は、
単なる自然現象にとどまらず、時代の転換を告げる霊的な出来事として読むことができる。
仲の深い陰陽師に意見を求めたところ、九尾の狐は「妖」として恐れられる存在であると同時に、巨大なエネルギー体の象徴でもあるという。怨念・執着・欲望といった負の側面を担いつつも、その本質は「人間の欲望が生み出した影」であり、完全な悪ではない。封じられた九尾の力は、長らく「眠り」「圧縮」されていたエネルギーに他ならない。と、意外にも九尾の狐を「完全なる悪」だとはしない意見が返ってきた。
今回、石が割れたという現象は、その圧縮された力が解放に転じたことを意味する。だが、これは「災厄が解き放たれた」と単純に恐れるべきではない。むしろ重要なのは、解放されたエネルギーを人間がどう扱うかである。
現代社会は、情報過多・精神的疲弊・世界的な不安に包まれている。その中で「封じ込められたもの」が姿を現すのは、人々が直視すべき課題を象徴しているのだろう。陰陽の理から見れば、長く抑圧された「陰」が顕在化するとき、同時に新しい「陽」の芽吹きが始まる。
殺生石が割れたことによる慰霊祭や祈願祭が行われたのは非常に意義深人々が恐怖を抱くのではなく、祈りによって解放された力を浄化し、和解の方向へ導く試みであるからだ。陰陽師的に言えば、これは「怨霊鎮魂」と「転禍為福」の儀式に相当する。
結論として、殺生石の割裂は凶兆ではなく、「時代の節目に訪れた霊的な更新」である。封印された九尾の狐は、もはや破壊的存在ではなく、私たちに「古き怨念を超えて、新しい調和を築け」と告げているのだと私は考える。
2026年01月13日
