人生を好転させ、心に潜む願望を叶える「パラムストーン」②
聖石パラムの血脈━━女性だけに許された“謹製”の儀式

私(目黒)が招かれたのは、ソウルの喧騒から離れた韓屋の一室で、チャン師は静かに語り始めた。
「パラムストーン」は“誰かが作った石”ではなく、一族の儀式と血脈の上に成り立つものだという。
その言葉の奥に、私は長い時間をかけて守られてきた禁忌の匂いを感じていた。
◆代々の女性能力者のみに謹製を許された「パラムストーン」

質問を投げかけると、チャン師は語りはじめました。
「パラムストーンは、私の家系に代々受け継がれてきた聖石パラムの力を宿したもので、そのための儀式が伝わっています。そして、聖石パラムに触れ、儀式を執り行うことができるのは、一族のなかでも能力が発現した女性のみです。私の前は、祖母がその役割を担っていました」

チャン師の祖母はミョンスクさんといい、地元ではよく知られた能力者だったそうです。
「祖母は、相談に来る人たちを霊視して助言を与え、必要だと判断した人にはパラムストーンをお渡ししていました」
8歳のときに能力が発現し、祖父の死を予知したチャン師は、ミョンスクさんのいわば「弟子」として修行を始めたそうです。
相談の場に同席し、ミョンスクさんが執り行うすべての儀式をかたわらで見て、ときには手伝うこともあったといいます。
そうしたなかでチャン師は、悩める人たちへの対応や聖石パラムの扱い方、パラムストーン謹製の儀式などについて学んでいきました。

「パラムストーンは持ち主の魂と共鳴し、必要な場面でさまざまな力をもたらします。また、儀式を通じてパラムストーンに込める力は、それを持つ方によって異なります。その方と霊的につながり、ひとりひとりに合った祈りを込めるようにと、祖母から教わりました。今もその教えを守っています」
◆「普通の人生」を経て再び能力者の道へ

韓国の芸能界には、チャン師の熱心なファンがいます。
というのも、チャン師は大学卒業後、大手芸能プロダクションに就職してマネジメント業務に携わっていたため、そのときのご縁をたどって相談に来る人たちがいるからです。
能力者が芸能プロダクションに就職?
と、不思議に思われるかもしれません。
じつは、当時のチャン師は「普通の人生」を歩みたいと思い、能力を抑え込んでいました。
なぜなら10代のころ、能力者であるがゆえの疎外感を味わったからです。
たとえば同級生の体調の異変を察知し、親戚の転機を言い当て、韓国の民主化に貢献した金泳三大統領の就任を予見する━━
そんなチャン師に対する恐怖心があったのか、周囲の人たちが距離を取るようになったそうです。
そのためチャン師は悩み、能力が表に出ないよう抑え込んでいたのですが、それでも何かの気配を感じたり、収録現場で強い寒気がした後に事故が起こったり、ということは続いていました。
そして、チャン師が29歳のときに転機が訪れました。
突然、胸騒ぎに襲われ、「おばあちゃんがいなくなってしまう」と直感したのです。
普通の人生を歩もうと決めたチャン師は、ミョンスクさんに会うのを避けていたのですが、そんなことを言っている場合ではありませんでした。

大急ぎでミョンスクさんの家に行くと、意外にも元気そうで、チャン師にパジョン(チヂミ)をつくってくれたそうです。
その夜は久しぶりに話をして笑い合い、穏やかな時間を過ごしました。
また、聖石パラムやパラムストーンを謹製する儀式について、改めて詳しく話を聞いたとのこと。
話がそろそろ尽きたころ、ミョンスクさんが言いました。
「力を持っているせいで、今まで辛かっただろうね。ごめんね」
思いがけないミョンスクさんの言葉に、チャン師の目から涙があふれました。
自分の苦しさを大好きな祖母が理解してくれたばかりか、心配をかけてしまった。
そんな思いで胸が一杯になったそうです。
「でも、あなたの力は天命だから、いくら拒んでもあなたから離れない。辛いかもしれないけれど、それを否定するのではなく、向き合って生きることを考えてほしい」
チャン師は無言で頷きました。
祖母の言葉は、励ましではなく“最後の贈り物”だったのかもしれない。
そして翌朝、チャン師が目を覚ましたとき━━ミョンスクさんは息を引き取っていたという。
次回、チャン師が能力者としての道へ戻る決定的な出来事。
さらに私が霊視され、パラムストーンが示した“出会いの予言”が現実になる瞬間を記す。
2026年02月08日
