コラム

神の乗り物── 午年に、馬と神社の縁をたどる

堀 大河

白馬の横顔
神の使いであり、神の足である。

二〇二六年は、午(うま)の年である。年の初めに、私はふと、こんなことを考えた。十二支に名を連ねる獣のなかで、馬ほど「神」と深く結びついたものも、そう多くはないのではないか、と。

古来、日本では馬を、ただの家畜とは見なさなかった。神々が地上へ降りるとき、その背にまたがる乗り物、すなわち「神馬(しんめ)」として、各地の社に奉じられてきたのだ。神の使いであり、神の足である。だからこそ、由緒ある神社の多くが、今もなお神馬を飼い、あるいはその像を大切に祀っている。

私がことのほか面白いと思うのは、京都の貴船神社に伝わる話だ。水を司るこの社では、古く、日照りが続けば黒い馬を、長雨のやまぬときには白い馬を、神前に奉じて祈ったという。黒は雨雲を呼び、白は雲を払う。色に、意味を託したのである。やがて、生きた馬を捧げるのは容易でないため、馬を描いた板を奉じるようになった。これが「絵馬」の始まりだとも言い伝えられている。いま私たちが願いを書きつける、あの小さな板の奥には、かつて神前へ静かに引かれていった馬の面影が宿っているのだ。

霧の杜に並ぶ黒馬と白馬
黒は雨雲を呼び、白は雲を払う。

いつだったか、私は早朝の社で、神馬舎に佇む一頭の白馬を見たことがある。参拝客もまばらな静けさのなか、その馬だけが、やけに神妙な、深い目をしていたのを覚えている。神の乗り物と呼ばれる所以が、そのとき、ほんの少しだけ分かった気がした。

早朝の神馬舎に佇む白馬
その馬だけが、深い目をしていた。

思えば、馬を神前に捧げるという行いには、人の切実さが滲んでいる。馬は当時の人々にとって、何より貴重な財であり、戦の力であり、暮らしそのものだった。その最も大切なものを手放してでも、天に願いを届けようとしたのだ。やがて生まれた絵馬という小さな板は、いわば、その祈りの重さを、誰もが差し出せる形にまで軽くしてくれた知恵なのだろう。小さくなったのは板のほうであって、祈りそのものではない。

社に掛けられた絵馬
小さくなったのは板のほうであって、祈りそのものではない。

旅の途中、私は世界のあちこちで、馬を神聖な獣として敬う文化に出会ってきた。草原の民は馬とともに生き、馬とともに天を駆けると信じていた。洋の東西を問わず、人は馬の速さと気高さに、どこか「この世ならぬもの」を見てきたのだろう。

午年とは、そんな神聖な獣が、暦の表に立つ年である。馬は前へ前へと進む姿から、勝負事では「退かぬ」縁起の獣として担がれてきた。実のところ後ろへ下がることもある獣なのだが、それでも、まっすぐ前へ出ようとするその気性に、人は古くから願いを託してきたのだろう。断言はできないが、こういう年こそ、迷いを捨て、一歩を踏み出すのにふさわしい年なのかもしれない。

もし近くに神馬を祀る社があれば、一度、訪ねてみてほしい。そして絵馬を一枚、手に取ってみてほしい。その板きれが、はるか昔には、生きて、いなないていたことを思いながら。

了

2026年10月13日

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