コラム

白蛇は、龍になる── 巳と龍を祀る社の話

堀 大河

社の苔むす石の上の白蛇
白蛇は、財を司る弁才天の使いとされる。

日本人は昔から、白い蛇に、特別なものを見てきた。

ただの蛇ではない。白蛇は、財を司る弁才天の使いとされ、その姿を目にした者には福が訪れると言い伝えられてきた。全国には「白蛇さま」を祀る社が点在し、今もなお人気を集めている。

東京の品川に、蛇窪(へびくぼ)神社という社がある。ここは、白蛇と龍を、ともに祀っているという珍しい社だ。白蛇大神と、蛇窪龍神。蛇と龍を一緒に祀る例は、全国でもめったにないとされる。そして、この社に伝わるひとつの言葉を、私はことのほか好んでいる。「巳(み)が龍になる」。巳、つまり蛇は、やがて龍へと昇る。それは「身が立つ」、すなわち立身出世に通じるのだ、と。白蛇信仰の聖地のひとつとして、古くから敬われてきた社である。

社を守る石の龍
巳が、龍になる。

蛇が、龍になる。この発想は、何も日本だけのものではない。私が旅してきた中国でも、東南アジアでも、蛇はしばしば龍の前身とされ、水を司り、富をもたらす聖なる獣として崇められてきた。地を這う蛇が、天を翔ける龍へと姿を変える。それは、低きにある者が、高みへと昇っていく姿そのものだ。人は古来、その物語に、自らの願いを重ねてきたのだろう。

私はこれまで、龍にまつわる聖なる品を、世界の各地で手にしてきた。そのたびに思うのは、龍とは「変化」の象徴なのだ、ということだ。一所にとどまらず、姿を変え、昇っていく。今の自分から、次の自分へ。白蛇から龍へというあの物語は、きっと、変わりたいと願うすべての人へ向けられた、古くて新しい励ましなのだ。

夜明けの空に昇る龍の雲
一所にとどまらず、姿を変え、昇っていく。

考えてみれば、蛇ほど嫌われ、それでいて敬われてきた生き物も珍しい。地を這い、脱皮をくり返す。その姿を、人は不気味だと恐れながら、同時に「古い自分を脱ぎ捨て、新しく生まれ変わる者」として崇めてきた。恐れと憧れは、いつも背中合わせだ。白蛇がやがて龍へと昇るという物語は、その両面を知り尽くした人間が、恐れをそのまま希望へと転じてみせた、したたかな祈りなのだと私は思う。

念のため断っておくが、これらはあくまで、長く語り継がれてきた言い伝えである。だが、言い伝えというものは、何百年ものあいだ人の心を支えてきたからこそ、今日まで消えずに残っている。そこには、理屈を超えた、確かな力がある。私はそう思っている。

もし、今の自分から一歩抜け出したいと願うなら。白蛇を、龍を祀る社に、一度、静かに手を合わせてみてはどうだろう。地を這う一匹の巳が、いつの日か龍となって、天へ昇っていく姿を、胸に思い描きながら。

了

2026年10月20日

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